JAT〜試練と憧れの剱岳

JAT〜試練と憧れの剱岳

「北アルプスの南の重鎮を穂高とすれば、北の俊英は剣岳であろう。層々たる岩に鎧われて、その豪宕、峻烈、高邁の風格は、この両巨峰に相通じるものがある」日本百名山 
昨年は天候待機でモタモタしている間に夏山シーズンを逸してしまった。一般的コースの中では最も難度が高いと云われる剱岳、俺にとってはまさに「試練と憧れ」の岩峰だが、先日の北アルプス縦走で身体が出来上がっていることは確認できたので、いざ剱へ行かん!

昨年の計画では難所が比較的少ない早月尾根ルートを志向していたが、新型コロナの影響で早月小屋が休業中故、難度のより高い別山尾根ルートを選ばざるを得なくなった。剱岳小屋に聞いてみると、槍ヶ岳の穂先の岩場が何時間も続く登山になるので初心者は無理、ガイド付きをお勧めしますとの事。単独登頂は無理かと落ち込んだが、悩んでいても埒が明かないのでチャレンジして無理だったら戻れば良いとの気楽な気持ちで臨む事に。

「おそらく剣岳の一番みごとな景観は、仙人池あたりから望んだものであろう。眼前に、岩と雪の交差したダイナミックな光景が迫ってくる。雄々しい岩峰と、その間隙に光る純白の雪。これほどアルプス的な力強い構図は他に類がない。その男性的眺めに緊張した眼を下に移すと、そこにはメルヘン的な原がやわらかに拡がって、そこの沼池に岩と雪の剣岳が逆さに映っている」日本百名山

紅葉の時期がベストだろうが、剱岳登山だけではもったいないので逆さ剱岳を見に仙人池迄足をのばすことにし、3泊4日の山行とした。

出発

勝手知ったる立山駅の無料駐車場に駐輪。家から5時間かかりました。

後日トラブルが待ち受けているとは露にも思わず

ケーブルカー、バスに乗って室堂へ

閑散とした立山駅

楽しみにしていた立山そば休業中

立山そば

湧水をペットボトルに汲み出発

立山玉殿の湧水

剱岳方面を見ながらミクリガ池、雷鳥平を経て雷鳥沢キャンプ場の木橋を通って登り始める

剱岳方面を臨む

登り始めはガレ場だったが、直に普通の登山道に変わる。リュックを変えた為、肩が痛くて仕方ない。後半、坂がキツくなってリュックの重さが一段と堪える。ジーッと辛抱して2時間半程歩くと小屋が見えてきた。ホッとする。

剱御前小舎に到着
名称通り絶妙なロケーションにある

剱御前小舎

剱岳が眼前

剱御前小舎より

小舎横の分岐道を下る事約1時間、今晩の寝床、剱沢テント場に到着
振り返ると、初日は楽勝と思いきやキツイ道程だった。

敵の眼前に幕営

最高のロケーション

今日の活動はこれで終わりだが、時間がたっぷりあるので、剣山荘までの道のりと雪渓の状態を確認しておく。

剣沢警備派出所の情報を纏めると、雪溶けが早くてクラックが多く発達。危険箇所はピンクのテープで注意喚起しているので、その指示に従って歩けば問題ないものの、経験者若しくはガイドの引率が望ましく、素人の単独行はお勧めしないとの事でした。結局、剱岳登山の天候待機もあり得るので今回真砂沢まで行くことを断念して、日程に余裕を持たせることにする。

派出所前の案内板

晩飯は定番のカツ丼

今回も消費期限切れ

他にやる事がないので日没後早々と床につく。
夜中寒くて(外気温8℃)数回目を覚ますが、意外と熟睡できる

登頂へ

周囲の物音から既に出発した方々も多そうな気配
日の出前の5時に出発

空が白んでくる

ヘルメットをかぶり、行動食(ソーセージ2本、メンチカツパン2個、アミノバイタル2本)、ペットボトル水1Lを詰め込んだ100均サブザックとウェストポーチの軽装の出で立ちでスタート。既に明るくヘッドライトは不要

剣山荘を臨む

テント場から30分ほどで剣山荘に到着

登りが始まる。段々とキツくなって早々と鎖場も出現するが、敢えて鎖を使わなくても大丈夫。程なくして最初のピーク、一服剱に到着

一服剱より前剱を臨む

下った処のコルで一服後、緩やかな尾根を登っていくと、突如、前剱の大岩の急な斜面に直面
鎖を使いながら登っていく。まだどうってことないレベル

3番鎖場大岩

4番鎖場を過ぎれば前剱まであと一息

4番鎖場

前剱頂上に到着

見えてきた剱岳山頂
ここでアミノバイタルを半分のみ気合を入魂

前剱から本峰を臨む

前剱の門まで、登山道が登り専用と下り専用に分かれ、段々と気の抜けない登山道になっていく

見覚えのある岩壁に出くわす
来たか、5番鎖場。事前学習ではここが一番怖そうであった。

5m程のスティール橋を渡る。橋の直下は切れていないので高所恐怖症の俺でも恐怖を感ぜず

岩壁を右に回り込んでいくが、切り立った岩壁なので結構怖い。後に後行者がつかえていないのでここで初めてハーネスを使う。結果的にこれが意外と手間がかかって逆にMomentumを逸しバランス崩す恐れがあった。使わない方が無難かも。左手で鎖をホールドしながらバランス良く岩壁に張り付きながら通り抜けるイメージ

5番鎖場

確か垂直に近い20m程の鎖場を下って、前剱の門のコルへ

6番鎖場

穏やかな尾根を越え、平蔵の頭へ向かう

登り専用の7番鎖場、垂直の岩場を鎖に頼って登り

7番鎖場平蔵の頭

登下降がつづき

また、急下り後、岩壁に人が取りついているのを遠目に見る
あれが上りの難関、カニのたてばいのようだ!

上がって直ぐ下ると

8番鎖場平蔵のコル

平蔵のコルだ
8番鎖場、岩壁の廊下を進んで、カニのたてばい取付点に到着

女性一人待ちでした。残ったアミノバイタルを飲み干しながら、登山の経験が豊富な壮年の女性から色々アドバイスを拝承

よしゃー
50m垂直岩上りのスタートだ
足の置き場はちゃんと設けられているので焦らずに鎖を補助に岩を上がれば問題ない筈。しかし緊張からか思うようにバランスが取れず、三点支持の基本も頭からぶっ飛び、鎖が左右に振れることもあったが、無我夢中で恐怖感を感じる暇もなくあっという間に登り切る

上がりきった処で、先の女性から鎖場の経験余りないのですか云々、指導を受ける。

カニのたてばい

以降難所はない筈だと思う途端、張り詰めた気持ちも落ち着いてガレ場を進んでいける

早月尾根との分岐まで来た
もう一息だ

最後のガレ場を過ぎ、道のりに沿い祠の右手から抜けると

パッと開け、絶景の大展望が目に入る。頂きに到着だ!

スタートから3時間40分
無事に登頂
岩場の連続だったが、一心不乱だった為か、高度感を感じる暇がなく登れた

念願の剱岳を征服した達成感に浸りながら、朝飯のメンチカツパンをムシャムシャ食いながら、立山連峰の奥に槍ヶ岳の穂先が見えたので、目を凝らして富士山を探す。期待通り、秀麗な顔を覗かしている。

気持ちいい疲労感を感じつつ至福のときを過ごしながら、目に焼き付いた鹿島槍ヶ岳、五竜岳、白馬岳縦走、急にチャレンジしたくなった大キレット縦走等、来年の山行に思いを馳せる。

あの鋭利な岩稜が八ッ峰か。Tryしたい気持ちはあるが、俺には無理だ

八ッ峰

混んできたので15分ほど滞在して下山開始

下りが大の苦手な俺としては、ここからが正念場。早速、10番鎖場カニのよこばいの銘板が目に入る。

事前学習では、よこばいの取付点が目視できない為一歩目が難しい事が指摘されているが、赤ペンキの下矢印(⬇)直下に第一歩(右足)の足場がある筈だ。

鎖をHoldしながらバックステップで右足で足場を探る、短足の俺でも思ったより浅い処に足場用の岩溝(窪み)がある。そこに右足を取りつき、肩幅位の左足場を左足で探る。岩溝を確認したら目一杯左に左足を置き両足を確保する。無事に両足の取付きができたら、ここからよこばいが始まる。具体的には、右足を左足に添うように移動し、左足を更なる岩溝を探ぐり並行移動する。距離にして10m程この動作の繰り返しでよこばいは終わり。垂直に近い岩壁だが、恐怖を感じる暇がないほど無心で呆気なく終わる

これから取付こうとするカニのよこばい

よこばいを過ぎると垂直の梯子が待っている
長さが短いのでどうってことない

垂直に近い岩壁

更に20m強の急傾斜な岩壁下りが続く

鎖を使いながら、適度な足場の窪みを見つけながら下っていく。高所恐怖症の俺でも高度感が麻痺しちゃって何とも思わなくなるから不思議

下りきると、緊急用トイレがある

トイレ小屋

11番鎖場を下り、平蔵のコルを過ぎると、下山専用の12番鎖場平蔵の頭に向かって大きな一枚岩を登り返す
適度な斜面なので鎖を使わなくても登れる(濡れていると危険だろうが)
因みに、上りの登山者が紛れ込んできたが、俺は先にやり越す余裕も示して支障なく登る。

12番鎖場平蔵の頭

ケルンのある広場に向かって急斜面を下る
広場の一般的な登山道を寛ぎながら進み、

13番鎖場前剱の門

下山専用13番鎖場前剱の門を登り、前剱と下っていく

前剱から先は登りと同じルート。浮石に注意しながら慎重に下って、一服剱へと向かっていく

ガレ場を下っていくと、漸く剣山荘が見えてくる

剣山荘でビールで祝杯をあげているお兄さん達を尻目に剱澤小屋へ向かう

剱澤小屋

無事に下山

「全く剣岳は太刀の鋭さと靭さを持っている。その鋼鉄のような岩ぶすまは、激しい、険しいせり上がりをもって、雪をよせつけない。四方の山山が白く装われても、剣だけは黒々とした骨陵を現わしている」日本百名山

素晴らしい景色を眼前に、昼飯に好物のメンチカツパンを食う

「地名でたどる剱岳開山史」山と渓谷2020年7月号

時刻はまだ午後11時過ぎなので、剱澤小屋から真砂沢の方へ下って行くが、暑くて30分ほど歩いて止めテント場に戻ることに

真砂沢分岐

午後はボーっとして過ごし、早めにカレー尽くしの晩飯をたらふく食い満足感に浸る。日没前に就寝

下界へ

快眠
5時に出発。

剱御前小舎から朝焼けの剱岳の雄姿を見納め、何故か、「山旅のあいだにはどこかに感興のクライマックスがあるものだが、この雪渓の底から残月を仰いだ時が、感銘の絶頂であった。僕は無限に幸福であった。こういう一刻があればこそ、登山がやめられないのだ」深田久弥選集 百名山紀行 ヤマケイ文庫
の一文を思い出す。俺にとっては今が感興のクライマックスかもしれない

朝靄の中の剱岳

一路室堂へ下山、3時間半もかかってターミナルに到着。8:40始発バスに何とか間に合う。

颯爽と立山駅駐車場に向かう。無断駐車のミンバンに遮られ、RZ50を動かせない事に気づく。管理事務所に行っても管理外なので警察に相談するようアドバイスを受ける。警官から公道でないため強制執行できない、以前朝通報を受けたが数時間移動出来なかった現実もあったとのコメントを受け落ち込む。しかし警官の御方は協力的で、RZ50のサイドバックを外した上で、前に駐輪していた大型バイクを傾けてもらって首尾よく出すことが出来た。結局45分のロスで終わった事は幸運だったのかも。

お疲れさん

俺は運命論者ではないが、ゼロサムの世の中だと思っている。剱岳山行も素晴らしい晴天に恵まれた為何かあってもおかしくないと気になっていたのだ。このトラブルのお陰で、事故に会わずに帰宅できると確信、気分良く帰路についた次第だ。

俺的総括

  1. 槍ヶ岳の穂先は最後の2段垂直梯子の一気上りが高度感が強く恐怖心を煽るが、剱岳は高度感はそれ程感じないものの、鎖場区間が長く、体力・集中力・平常心の持続性がより求められる。難所のカニのたてばい、よこばいは時間的に短区間、技術より精神的ファクターが攻略の鍵か
  2. 鎖場のある岩場登りの経験を含めた一定の登山の経験は必要だが、別山尾根ルートは一般ルートだけあってきちんと整備され、要所要所は足場は確保されている。だが、岩が濡れていると滑って危険なので日を改めるべきと思料。蛇足だが、別山尾根の登下ルートを発案開拓した先人達の着想力には脱帽、ある意味登山型テーマパークだね
  3. 山行は天候待機を勘案して、余裕をもち又混雑しない日取りで計画を立案する事が大事。鎖場で渋滞になると精神的に追い詰められるので、俺は積極的に譲って後行者が居なくなってから焦らずゆっくりと攻めることにしている。また、先行者の動作を観察してお手本?にすることもできるしね
  4. 下りが大の苦手の俺にとってはガレ場が一番歩き難かったし、膝にきて数回転んだ事もあった。苦手を克服する手立てはないものかね?
  5. ハーネスは取外しに手間がかかって、逆にバランス崩す恐れがあり、使わない方が無難。また、車用の革製の指なし手袋を使用。素手感覚で岩をHoldでき、手の平でグリップを効かせやすいので重宝している。ヘルメットの使用はMust

参考

『地名でたどる剱岳開山史』山と渓谷2020年7月号

 同年(1913年)8月には木暮理太郎、田部重治らによて別山尾根初登攀がなされる。このときガイドを務めたのも長次郎であった。
 この別山尾根、現在は剱岳へ至る最も人気のある一般ルートだが、木暮たちの初登攀時は「長次郎が先に登って、綱を下げ、三人ともかわるがわる掴まって子供のように引っ張り上げられた」(田部重治著『山と渓谷』)という。おそらくこれが現在のカニのよこばい付近で、木暮は「平蔵谷の上部を取り巻く岩壁の上に出る。此附近が最も悪場であるから、注意を怠ると危ない目に遭わぬとも限らぬ」(『山の憶い出』)と記している。1925年ごろには「カニのよこばい」の名はすでにあったとされるが、当時はまだ登り専用のカニのたてばいはなく、こちらが作られたのは1955年ごろ。登山ブームによる渋滞緩和のための措置であった。
 また、「平蔵谷」命名後は、その最上部の鞍部を平蔵のコル、源頭部の岩峰を平蔵の頭と呼ぶようになった。ちなみに「頭」は「「あたま」でなく「ずこ」と読む。

登下ルート図

超図説 あこがれの名山ルート&難所ガイド 学習研究社

以上


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